後藤賢豊も目にした冬の観音寺城
年明け早々、雪化粧した観音寺山を撮ってみました。
この写真は中羽田町に隣接する下羽田町から撮影しましたので、賢豊が居館(後藤舘)から眺めていた観音寺山の景色と、さほど変わりません。
写真中央のやや左には、観音寺城内に置かれていたとされる、後藤邸の石垣も写っています。戦国の頃、賢豊はこの景色を眺めながら、あれこれと思いをめぐらせた事でしょう。
観音寺城域の中央部(Photoshopで全景の一部を5倍に拡大)

観音寺城域の中央部。道筋はおおよその目安(Photoshopで全景の一部を10倍に拡大)
カメラの位置。写真バックの古地図を見ると、撮影位置には馬場の地名が記されている。

なおこの写真は、70年近く前に発売されたニ眼レフを使って撮影しました。昨年このカメラで試し撮りした際の、石垣の写真も併せてごて欄ください。なお一部の写真は、撮影時の不手際により方ボケしています。





